消化器のがん(胃がん)

胃がん化学療法を安心して続けるために       ― ベストドクターズ選出の腫瘍内科医が解説する最新治療と安全性向上の工夫

25.12.17

監修:東京科学大学病院 臨床腫瘍科科長 浜本 康夫 教授

札幌医科大学医学部卒業後、 国立がん研究センター東病院および慶應義塾大学医学部腫瘍センターでの勤務を経て現職。Best Doctors®2010年~8期連続選出

日本は、世界的に見ても胃がんの症例数が多い国であり、長年にわたり胃がん診療の経験と知見を積み重ねてきました。
かつては「国民病」とも呼ばれていましたが、現在では検診体制の充実と医療技術の進歩により、胃がんによる死亡率は大きく低下しています。

胃がん化学療法はここまで進歩した ― 個別化治療が重要に

胃がんに対する薬物療法は、近年大きく進歩しました。従来型の抗がん剤に加えて、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など、作用機序の異なる治療が組み合わさることで、より精密で個別化された治療が可能になっています。一方で、薬剤が増えれば増えるほど、治療の“組み立て方” が重要になります。どの患者さんにも同じ治療が適するわけではなく、患者さんごとの体質・腫瘍の特徴・生活環境・治療への意向 を踏まえた総合的な判断が求められます。私は、胃がん薬物療法を担当する立場として、以下の点を特に重視しています。

1. エビデンスに基づく薬剤選択と効果的な治療戦略

胃がん化学療法には複数の標準治療があり、その選択肢は多岐にわたります。

例えば、抗がん剤は細胞の増殖を抑える一方、副作用が出やすい薬剤もあります。分子標的薬は特定のタンパク質を標的とし、効果が高い一方で、特有の毒性を持つ場合があります。免疫療法は寛解の長期化が期待できる一方で、免疫関連副作用への注意が欠かせません。私はエビデンスを治療の土台としながら、①どの薬剤が最も効果を発揮しやすい状況か、②どの副作用が出やすい体質か、③どの治療スケジュールなら生活に無理がないかを科学的な検討に加えて過去の経験に基づき丁寧に見極め、「標準治療を患者ごとに最適化する」 ことを最重要視しています。

2. 胃がん化学療法の副作用対策 ― 治療の継続を支えるきめ細やかな調整とサポート体制

胃がん治療では、薬剤の使い方一つで患者さんの体調が大きく変わることがあります。同じ薬剤でも、投与量、投与間隔、組み合わせ方、支持療法の併用を調整することで、副作用は大きく変わります。たとえば、吐き気、下痢、倦怠感、骨髄抑制、手足症候群、皮疹など、胃がん治療でよく見られる副作用は、事前の予防策 と 早期対応 によって多くがコントロール可能です。私は、専門看護師、薬剤師、臨床心理士、時には管理栄養士などと連携し治療環境をサポートしながら「治療を続けられること」 を目標にしています。治療が継続できることは、最終的な治療成績にも直結するためです。

3.治療は生活の一部である ― 胃がん化学療法を無理なく続けるための全体スケジュール設計

化学療法は、患者さんの日常生活に大きな影響を与えます。そのため私は、医学的な観点だけでなく、以下の点も考慮して治療計画を立てます。仕事や家族の予定、通院距離や交通手段、食事の状態や体重の変化、介護状況、社会的サポート、外来と入院のバランス抗がん剤は、「薬が効いている時間」「副作用が強い時間」「日常生活へ戻れる時間」が周期的に訪れます。これを患者さんの生活に合わせて設計し、無理なく継続できるリズム を作ることも医師の大切な役割です。

4.高齢者の胃がん治療を支える、高齢者機能評価(Geriatric Assessment)にもとづく化学療法の選択

胃がんは高齢者に多い疾患ですが、高齢者と一括りにすることはできません。80歳でも非常に元気な方がいる一方で、70歳でも複数の疾患を抱えていることがあります。そのため私は、高齢者機能評価(Geriatric Assessment) を活用し、科学的な裏付けをもって最適な治療強度を決めています。これにより、初回用量を適切に調整、過剰投与による毒性を回避、不十分な投与で効果が出ないことを防ぐことが可能となります。高齢者ほど「適切な強さで安全に続ける」ことが治療成績に直結します。

5.患者さんとともに意思決定を行う― 安心して選べる胃がん治療へ

胃がん治療の目的は、腫瘍を抑える、症状を改善する、生活の質を保つことです。これらの優先順位は患者さんごとに異なります。私は必ず、治療のメリット・デメリット、生活への影響、得られる可能性のある効果 を説明し、患者さんやご家族と一緒に治療方針を選ぶようにしています。「どの治療をするか」だけでなく、「どのように治療と向き合うか」を共有することが重要です。

胃がん薬物療法の可能性を最大限に引き出すために

胃がんの薬物療法は複雑ですが、正しく設計すれば、患者さんが治療を続けられる期間を大きく伸ばすことができます。私たち腫瘍内科医は、薬剤の特性を理解し、患者さんの背景を多角的に捉え、精度の高いケアを提供することで、治療の可能性を最大限に引き出すことを目指しています。