消化器のがん(肝がん)

【体験記】「がんを兵糧攻めに」肝動脈塞栓術を受けた患者さんに寄りそって

24.02.28

少しでも長く仕事を続けたいと日本に来る決意を

この患者さんは東ヨーロッパ在住の泌尿器科の医師でした。大腸がんの肝転移を患っていましたが、医師のネットワークを駆使しご自分で日本の首都圏にある国立大学病院の肝動脈塞栓術のスペシャリストを探し出し、ぜひこの先生の治療を受けたい、とEAJに連絡が来ました。

早速、その先生に連絡を取って、患者さんの検査画像などを送ったところ治療していただけることになりました。とはいえ、当時は東日本大震災の直後で日本から多くの外国人が離れ、まだ停電が続いているところもあり、日本に医療を受けに来たいという問い合わせも激減していた状況でした。「本当に来日できますか?」と患者さんに確認したところ、「自分は医者なので完治できる可能性が低いことも理解しているが、少しでも長く医者としての仕事を全うしたい。だから多少不便があっても他に選択肢がないから日本で治療を受けたい」との強い思いを口にされていました。

がんは、自分の細胞がなんらかの遺伝子の異常により、無秩序に無制限に増殖する病気です。無秩序に増えるので、身体の正常な組織、臓器が圧迫されることで、身体の機能がそこなわれていきます。そのように体の臓器、特に神経細胞が増殖を続けるがん細胞によって圧迫や損傷をうけると強い痛みが発生し、QOL(生活の質)を著しく下げます。がんは治らない段階であってもこうした臓器や神経の損傷や圧迫をできるかぎり少なくすることができ、痛みのコントロール、症状のコントロールが可能です。そのために、がん細胞の増殖先(方向)を変えたり、増殖箇所や速度を押さえたりするのに役立つ術式が塞栓術です。 検査等を済ませ、いよいよ治療当日、患者さんと手術室に入り術前の措置や全身麻酔の説明を行います。長いと4時間ほど要する神経を使う細かな作業で、人の命を左右する重要な仕事です。集中力を高めるために術前に毎回ルーティンを行う先生もいます。この先生はお気に入りの音楽をかけることでした。音楽が流れる中、先生はきっちりと集中力を高められた様子で準備万端で手術室に入ってこられました。

肝動脈塞栓術とは?

まず、細くて長い管を足の付け根の鼠径部の血管から入れていきます。胴部はCTで撮影され、それを見ながらまずは肝臓付近まではすごいスピードで管が届きます。ここからが動脈塞栓術の始まりです。腫瘍は血管から栄養を取って組織を成長させますが、塞栓術とは腫瘍につながる動脈にスポンジのような詰め物をして血流を遮断、栄養を取り込めないようにして腫瘍の成長を止めたり縮小させたりする治療です。昔の戦争でお城を攻め落とす時に、周りを取り囲んで食糧などの供給路を経ち城内の人がじわじわと飢えで滅ぶのを待つ戦法を「兵糧攻め」と言いました。これと同じ戦法です。今回はスポンジのような物質に抗がん剤を染み込ませて、さらにがんを攻撃します。兵糧攻めのうえに更に火を投げ込むようなものです。「動脈塞栓術」という言葉から、私は動脈という太い血管が何本かあって、そこに詰め物をして終わりというイメージを持っていました。ところが実際は予想とはかけ離れて、毛細血管と呼ばれるごく細い血管の一本一本全てを腫瘍につながっているかどうかCTを見ながら調べて、つながっている物にすべて詰め物をしていくという気の遠くなる作業の繰り返しでした。CT画像を3D化して見やすくするソフトも入っているのですが、熟練の技で白黒の素人目にはとても立体的には見えないCT画像でどんどん詰め物をしていきます。こうして4時間ほどで可能な限り全ての血管に詰め物をして手術は終了となりました。

緩和ケアとしての動脈塞栓術

1回全て詰め物をしたので終わりということではありません。血管は血の通り道を失うと、あらたに分岐を作り対象物につながる血管を作ります。これを血管新生といいますが、数か月すると詰めたところをさけるようにバイパスの血管が出来てしまいます。これをまた詰めるために再施術を実施する、ということで、この患者さんは期間をおいて合計4回来日し同じ治療を受けました。  治療後は体調も上々で、医師として毎日仕事を続けられていたと連絡をいただきました。日本の医療技術をぜひ母国にも伝えたいと、その国と日本の医療協力をテーマにしたシンポジウムを開催した時にも、日本の医療の体験者としてスピーチをしてくれました。最後は力尽きてしまいましたが、当初の望み通りがんをコントロールしながら、元気で働ける時間を伸ばすことができたこと喜んでおられました。こういった緩和治療を目的にした治療法としても有効なのが、動脈塞栓術なのです。

(2011年4月当時の体験記を再編集したものです)