肝臓・胆のう・膵臓(生体肝移植)

【体験談】小児専門病院 「国立成育医療研究センター病院」 先天性胆道閉鎖症で生体肝移植を実施、すっかり元気に!

23.12.06

日本で治療を受けるしか生き延びる方法はないと両親が決意

術後の経過が悪く弱っていく赤ちゃん

ヨーロッパ圏出身の先天性胆道閉鎖症の赤ちゃんの連絡が入ったのは、まだ生後4か月の時でした。お父さんが仕事で滞在していたあるアジアの国で、生後2か月で先天性胆道閉鎖症と診断され、肝臓と腸を直接つなぐ「葛西手術」を受けました。ところが術後にサイトメガロウイルスに感染してしまい、治療しても日に日に弱ってミルクもほとんど飲まなくなってしまったとのこと。また、病院の医師と治療方針をめぐって意思疎通がうまくいかず、必要な措置をされていないのではないかという不信感も高まったため、このままこの国で治療を継続するのではなく、日本できちんとした診療を受けて、必要であれば肝臓移植も考えているということで、EAJに連絡が入りました。

日本から、生体肝移植が可能と返答

私たちは、日本最大の小児病院で、日本国内の小児への肝移植の半数以上を実施する実績を持つ成育医療研究センター病院の臓器移植センターの笠原先生(現病院長)に連絡しました。先生に赤ちゃんの状況を伝えると、幸いなことに移植が可能な体重に達していたため、肝臓の機能やドナー候補であるご両親の詳細な情報を取り寄せることになりました。送られてきた情報を精査した結果、条件が整えば肝移植はできる見込となりました。赤ちゃんの肝臓が小さいのでドナーの肝臓も小さい方がよいとのことで、小柄なお母さんがドナーの第一候補となりました。移植は毎週決められた日に行われ、赤ちゃんもドナーも検査に2週間かかるため、希望する手術日の2週間前に来院することが決まりました。

「元気にしておかえしします」

来日して検査を受けることは決まりましたが、今のままでは非常に危ない状態なので来日したいことには変わりはないものの、ご両親にはまだ疑問がいくつか残っていました。胆道閉鎖症だと普通は便が白くなるのに普通の色だったことから、そもそもの診断は正しかったのか、普通は5歳くらいまで成長してから移植するはずなのにこんなにすぐにするのか、といったことです。先生は、「検査して診断を確定し、必要性が確実に確認できるまでは移植は勧めない」ことを丁寧に説明し、「元気にしておかえしします。」というメッセージも添えられました。この一言でずいぶんとご両親の不安が和らいだと聞いています。

移植を前提に来日準備

ご両親は移植にかかる費用もご用意して送金し、私たちは、移植を前提とした長期のビザを準備しました。ご両親の滞在場所は、病院に隣接するマクドナルドハウスという療養中のお子さんのご家族が滞在できる施設を使うことになりました。来日準備中にも現在の検査結果を日本に共有していましたが、肝臓機能障害などを示す値が上昇してきたため、どうやら5歳まで移植を待つのは難しそうだという状況も明らかになってきました。移植の判断は来日後に行うとしても、移植は急にはできないため、移植が必要になった際に備えます。ドナーとの関係性を示す出生証明書を本国から取り寄せたり、宗教的配慮の確認をしたりなど、準備が進みました。

お母さんの肝臓の一部移植

問合せから3週間で来日

急ピッチで準備を進め、初めて連絡があってからちょうど3週間後に親子で来日しました。検査を行い、手術をした現地医師と笠原先生が連絡を取るなどした結果、やはり大きくなるまで待たずに移植をする必要があるということになりました。ただし移植自体は予定よりも1か月半ほど先に行うことになったため、一旦退院することになり、ミルクも特別なものが必要とのことで、当社が宅配の手配を行うなどしました。 手術前日には赤ちゃんが発熱し、胆管が原因であれば予定通り実施できるけれど、肺炎など別の病気であれば移植延期せざるをえない、など、移植直前まで私たちもハラハラしながら状況を見守りました。

移植は成功し、経過も順調

かくして来日から一か月半後に移植手術が実施されました。前日にお母さんが入院し、翌朝から手術が始まります。お母さんの肝臓の4分の一を切除し、それをさらに半分に切除しお子さんの肝臓に移植します。併せてお母さんの腸の血管も移植しました。朝の9時に手術室に入り、夜7時まで10時間に及ぶ手術でした。手術の途中にお父さんが赤ちゃんの切除した肝臓を見ましたが、肝硬変で一部が凸凹になっていたそうです。手術は成功し、術後に先生から、前回の葛西手術でつないだ腸管が短かったのも長いものでつなぎ直したことが伝えられました。移植では、術後1週間頃が拒絶反応が起きる恐れがある一番危ない時期で、それを乗り越えたらリスクは少なくなる、という説明も受けました。手術翌日には、お父さんは赤ちゃんが目を覚ましているところに面会ができ、お母さんはベッドから立ち上がって歩けるようになりました。お母さんは1週間後に退院、赤ちゃんはICUで経過をみます。移植から2週間後には腹水や胸水もほとんどなくなり、肝機能も正常に近づいてきました。先生の診察では、数日後にもICUから病棟に移動できるとのことで、一同ほっとしました。今後1年くらいはお母さまとお子さんは日本に滞在して経過をみていただきたいと希望されたため、在留資格の変更などの事務手続きをお手伝いしました。一般病棟に戻ってから1週間後には、点滴の濃度を薄めてミルクの量を増やし、酸素マスクも昼間は外せるようになりました。ずっと寝ていて筋肉が弱ってしまったため、理学療法士が来て、おもちゃを使って遊びながら体を動かすリハビリを開始しました。徐々に手や首を自由に動かし、再び座ることができるようになっていき、通訳からも「病院に行くたびに赤ちゃんが元気になっている」と報告がありました。

術後2か月あまりで退院

移植手術から2か月と10日後に退院することが決まりました。退院後は2週間に一度血液検査とエコー検査をして経過をみます。少し先になりますが、母国に帰った後に地元には肝臓移植に詳しい医師があまりいないとのことで、体調が悪化した時の治療や薬の詳細な説明を退院間に書いてもらい翻訳をしました。退院後は1か月に1度ほど外来で受診し、免疫抑制剤などの処方を受け様子を見ます。退院時は10種類の薬が処方され、その種類や量は徐々に減っていきますが、最後の免疫抑制剤は学校に行くようになってからも決まった時間に飲み続けなければいけないそうです。半年は人混みを控えるようという注意もありつつ、基本的にはあまり家に籠らず普通の子と同じように育てていけば強く育つ、という説明がありました。 退院後は長期に渡り日本に滞在することになったため、お母さんが一人で大変なのでベビーシッターの会社を紹介したり、生活するなかで体調が悪くなりクリニックを受診する時の通訳をしたり、買い物を手伝ったり、役所の手続きなどのサポートを継続して提供しました。お母さんもこれからしばらく日本に滞在するということで日本語学習教材を購入し勉強を始めるなどとても前向きに日本での看病に取り組まれていました。

帰国に向けて、そして帰国後

走り回れるようになるまで回復

手術から半年後には薬も少しずつ減らせるようになりました。ずっと日本にいることはできないので、お母さんが「日本にいるうちに一度病気にかかっておきたい」と言っていたのが印象的でした。実際、その後何回か色々なものに感染したり犬にひっかかれたりという経験をし、そのたびに対処法を学んでいきました。夏には親子で水泳教室に通い、元気に回復していっている様子でした。来日から1年経ち、初めて会った時は弱々しかった赤ちゃんが、もう立って走り回っていると聞き、お母さんに写真を撮ってほしいとスタッフが頼んだことがあります。お母さんの携帯電話を持って逃げているところの写真が送られてきました。ピンクの丸いほっぺのとても元気そうなお子さんがちょっといたずらそうな目でカメラに視線を送っている写真で、一同で「こんなに元気になって!!」と感激した記憶があります。帰国に向けて、母国で入手できる免疫抑制剤の製薬会社の確認をしたり、帰国後に血液検査の結果を送ってもらい日本から薬を増やしたり減らしたりの指示をする算段を決めたりとあわただしく準備が進みます。移植に関係する薬以外にも、日本の薬の方が安心だからとさまざまな種類の薬をなるべく長期間分持って帰りたいのとの希望があり、それらの薬を税関で没収されないように証明書の準備なども行いました。 そして最後の診察を終え、親子は帰国しました。

帰国後のフォローアップ

帰国後、定期的な遠隔のモニタリングが続きました。帰国から半年後、年末年始に日本で過ごす予定があるとのことで、再来日しました。ちょうどその時に白便が出たとのことで、最悪の場合検査入院し手術をする可能性もありましたが、外来受診で大したことがないと判明し、そのままご家族で日本のお正月を過ごしました。来日のついでに歯科や皮膚科をまとめて受診していました。次の来日は1年半後、何も問題はありませんでした。肝臓も育ち門脈と冠動脈と重なって見にくい所のエコーの取り方を母国の医師に伝えるレターなどをいただきました。次の診察は2年後で大丈夫ということでした。 コロナが始まってからは残念ながらなかなか来日ができない状態になっていますが、たまにご連絡をいただき、元気に学校に通っているという話をしてくれています。